2013年12月6日金曜日
その後
2013年11月21日木曜日
Petite moiré
これといってどうという事ではないのですが、
Einstein Studioの企画で出展する写真の中から、
オンラインPhoto雑誌のアムステルダムのI Love That Photography Magazine (http://www.ilovethatphoto.net)がセレクトした写真に私のが入ってるそうです(F君が見つけて教えてくれた)。
↓
http://www.einstein-studio.com/page/wonderbox/wonderbox.html
ART SAPPORO 2013年11月23日~11月24日
SINGAPORE ART BOOK FAIR 2013年11月29日~12月1日
WEB SHOP 2013年12月2日~12月23日(12月2日にサイトオープン)
積極的に人目に晒して行きたいと思ってるのでまた展示ができるように、頑張ってます。
2013年11月14日木曜日
普通でない
結婚しなければ、移植手術も決断に至らなかったし、
子供の件も、染色体異常などが原因の障害もないみたいだし、小さ過ぎて自力でまだ生きられないというのは、子供自身とNICUチームの方達ににがんばってもらうしかない。
ほんとは、普通ではないだけで悲観する要素なんかないのだ。
たくさん苦しい思いも通り越してるだろうけれども、父がいなくても自分で育てると決めたのは彼女自身だ。
2013年11月11日月曜日
いもうとよ
2013年10月31日木曜日
痛くない
子宮細胞診がとうとうⅢaになってしまい、子宮組織診コルポスコピーを受けた。
医療従事者のくせに、痛い検査は嫌で気分が重かったけど、思った以上に痛くなかったし10分くらいで終わったので、苦痛は殆どなく安心した。
あとは、結果が悪くなければいい。
結果が悪ければ、円錐切除だ。
でも、今までの疲れが取れず、頭は痛くて重いし、
等々力緑地から多摩川沿いを散歩して帰りたかったけど、そのまま帰って寝てしまった。
天気がいい午後の自由時間が久々で嬉しい。
数年前はよく等々力緑地から川沿いを散歩したのは、私、結構暇があったのかな。精神的にきつい時期でもあっていろんな事考えては落ち込んだりした。
でも、あの暇が今考えるととても大切な時間だった。
写真にのめり込む何かが動いて、周囲の人にも助けられてここまで来た。
感謝しかありません。
続けて行こうと決めたし、色々な形で恩返しできるといいのですが…。
健康な身心が資本!
2013年10月3日木曜日
どうでもいいような事が知りたい。
明治時代に太陽暦のグレゴリオ暦を導入してからも旧暦が併用されていた。
4週間は28日で、朔望月の小の月(29日)に近い。
このため、日本では4週間を1ヵ月と受け入れやすい。
2013年9月30日月曜日
ほんとうの孤独とは
「幸福な死」というものはあるのでしょうか? まだ見えてこない課題のひとつです。ただ、医師になる前に抱いていた「多くの家族や友人に暖かく見守られ、そして静かに息をひきとる」という漠然としたイメージは、医師としての経験を重ねるうちに完全に破壊されたように思います。
人は肉体的に、あるいは精神的に苦しんで死んでゆきます。これは、どのように「死」を美化しようとも避けられない事実です。そして、私が担当してきた患者さんの多くが、いくつかの葛藤のすえ、その時を「なるべく静かに迎えたい」と考えるようになってゆきました。つまり、その時が近づくにつれて面会者を好まなくなり、とりわけ近しい人だけと過ごすようになっていったのです。
「死」とは極めて私的なものなのです。誤解を恐れずに例えるなら、「死」とは肉体による「いのち」の排泄行為であり、あるいは黄泉における「いのち」の出産行為といえます。その場面において、ときに人は苦しみ怒り、肉体の非業をさらけ出すことがあります。それはとても衆目に許せる類のものではありません。私は「死」とはもっと孤独であってもよいのではないかと思うのです。
実際、別れが来ることを自覚した患者さんは、この世から徐々に自分を切り離しながら孤独になり、その時に備えてゆきます。一気にすべてを失うことは、あまりに辛すぎるのかもしれません。だから、患者さんは仕事のことを忘れ、友人のことを忘れ、ついには家族のことすらも直視しなくなることがあるようです。
ある死を覚悟した高齢女性は、主治医である私に「子供たちはいいよ、おかあちゃんが傍にいてくれるから」と言いました。苦しそうにしている彼女を私なりに気遣って、「御家族を呼びましょうか」と声をかけたときのことです。もちろん、80を過ぎた彼女の母親はいにしえの人となっています。しかし、彼女は「目を閉じれば、おかあちゃんが見える」と言って、ずっと目を閉じていました。それを聞いて私は、彼女が彼岸へと渡りはじめていることを理解したのです。彼女は病室に独りきりに見えましたが、しかし、そうではなかったのかもしれません。
援助の手も差し延べられないまま死を迎える人、いわゆる孤独死、そういう人がおこらぬように私たちは注意深くあるべきでしょう。しかし、「ひとりでそっと死にたい」、あるいは「死にゆく姿をさらしたくない」という患者さんの気持ちがあるとすれば、それもまた尊重してゆきたいものです。だからこそ、私たちは「多くの家族や友人に暖かく見守られ、そして静かに息をひきとる」という定型的なイメージにとらわれないようにしなければなりません。
もちろん、こうした考え方はすこぶる患者さん御本人に偏ったものではあります。死に逝く患者さんの問題はいずれ終結するのですが、肉親を失う家族の問題はその後も継続します。こう考えると「死に目に会う」ということは、患者さんのためというより、その家族自身にとっての許しとなるのかもしれません。しかし、可能であれば、死の直前に「許し」のための儀式化した看取りが起こらぬよう、もっと早めに家族とのしっかりとした対話があるといいですね。ときに、その「許し」が不完全であると家族が感じて、延命による先送りを求めることすらあるからです。
2013年9月21日土曜日
to Niihama
2013年9月9日月曜日
faire la quisine
2013年8月26日月曜日
Chianti
してたし、写真美術館も閉まってたし、8月はヴァカンス期間という事もあり、ギャラリーも殆どしまっているという、残念感あり。